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【第115回】通運制度の歴史【後編】

法律が変わっても通運であり続ける理由

前編では通運の歴史を振り返りましたが、後編では現代の通運がどのような役割を果たしているのかを紐解きます。
さて、その前に、飛脚からはじまり、陸運元会社から内国通運、そして現在は日本通運となった、いわゆる日通系の通運は、今も丸印に通の文字、マルツーマークを用いていますが、多治見通運など、鉄道の発展と共に各地域で生まれた地場通運は、全国通運連盟に加盟し、丸印に運のマーク、マルウンマークが用いられる機会があります。
マルウンという呼称は一般的には使われませんが、地場通運がはじまりということで、たとえば「多治見のマルウンは多治見通運」「名古屋貨物ターミナル駅のマルウンは中京通運」といった形で、その駅の地場通運のリーダーや一番古くから通運事業に参入している事業者を指すときに使われます。
FAXなどでは更に省略化され○ンと書かれることもあり、この業界に入って間もないころは戸惑ったものです。
以前もこのコラムでお伝えしましたが、1950年に制定された通運事業法は、現在では貨物利用運送事業法へと姿を変えています。法律上の呼称は利用運送事業者となりましたが、現場では今も変わらず「通運」と呼ばれています。

※岡山県などには「株式会社丸運」という通運事業も行う会社がありますが、ここでいう「マルウン」は、あくまで駅の現場で使われる業界共通の呼び名のことです。

複雑なパズルを解くコンシェルジュ

鉄道貨物輸送は「発地トラック〜貨物列車〜着地トラック」という複合一貫輸送。列車のダイヤ調整、特殊なコンテナの手配、複雑な運賃計算…これらを一手に引き受ける通運は、いわば、鉄道貨物のコンシェルジュ。荷主の「これを運びたい」という願いを、最適なルートと列車で形にするオーダーメイドの旅を設計しているのです。
貨物列車が走る裏側には、江戸時代から続くリレーの精神と、現代の緻密なコーディネートが息づいています。次に貨物列車を見かけたら、ぜひそのコンテナを繋いでいる人たちの情熱にも思いを馳せてみてください。