Tajimi Express Co.,Ltd Presents

鉄道アーティスト・鉄等コンテナアドバイザー小倉沙耶の通運ってこんなにおもしろい!

鉄道アーティスト・鉄道コンテナアドバイザーの小倉沙耶ってこんな人!

 これまで2回にわたり、通運の歴史や具体的な仕事についてお話しをしました。さて、若干話が前後してしまいましたが、今回は、現在鉄道アーティストとして、また、鉄道コンテナアドバイザーなどの肩書きで活動している私小倉沙耶の自己紹介をしたいと思います。

 私は鉄道旅行好きだった母の影響で、子供の頃から鉄道が大好きでした。そんな私を見て、母は危機感を覚えたのでしょうか。「高校を卒業するまでは東海三県(愛知・岐阜・三重)から一人で出ちゃだめよ」と言われていました。そのため、学生時代は、主に愛三岐エリアが週末乗り放題になる「青空フリーパス」を用いて週末トリップを楽しんでいました。多治見通運本社のある小泉駅はJR太多線に属しています。この太多線も好きな路線の一つで、よく、乗り降りを楽しんでいました。

 高校を卒業した次の日には青春18きっぷを利用して東京へ行ったり、初任給をいただいたら、名古屋から紀伊勝浦へ向かう特急南紀と、そこから京都へ向かうオーシャンアロー号を組み合わせて、紀伊半島を一周する旅をしたり…と、まるで糸の切れた凧のように、時間さえあれば全国を旅する人生が始まりました。

 また、私は農業高校の食品化学科出身で、在学中での危険物取扱者と毒物劇物取扱者の免許取得が、カリキュラムとして組み込まれていました。まちを行き交うタンクローリーに、どんな物質がどれくらいの量運ばれているか、表示はどうなっているかなどを、いつもしっかりと見て勉強し、無事に両方の国家資格を取得することができました。その副産物(?)として、タンクの形状に非常に興味を持ち、貨物列車の中でも、危険物や毒劇物などを積んで活躍するタンク貨車が大好きになりました。高校を卒業する頃には、立派な貨物列車ファンの出来上がり!鉄道旅の最中、貨物列車や貨物駅を愛でるのも、日常の一つになったのでした。

 全国を鉄道で巡るうちに、鉄道会社と仲良くなり、イベントのMCや企画などを頼まれる機会が増えてきました。また、鉄道の魅力を文章にするお仕事などもいただくようになり、鉄道アーティストという肩書きで活動を始めたのが2003年。15年もの月日を、鉄道に捧げてこられたのは、本当に幸せなことです。
次回は、そんな私が縁あって多治見通運さんで就職することに…というお話しです。